腸閉塞とは?
腸閉塞は、腸のどこかで内容物の流れが途絶える状態を指します。流れが止まると、腸の中には食べ物だけでなく消化液やガスもたまります。腸は柔らかい管ですが、無限に拡張できるわけではありません。内部圧が上がり続けると、腸の壁にある細い血管が押しつぶされ、酸素と栄養が届かなくなります。この“血流障害”こそが危険の本質です。血の巡りが断たれた腸は短時間でダメージを受け、壊死、そして穿孔(穴が開くこと)へと進みます。腸の穴から腸内の細菌や内容物が腹腔内に漏れると、腹膜炎や敗血症を引き起こし、命に関わる緊急事態になります。だからこそ、腸閉塞は「様子見で長引かせない」ことが鉄則です。
腸閉塞という言葉は広く、物理的に詰まる“機械的”なタイプだけでなく、腸の動きそのものが止まる“機能的”なタイプも含みます。さらに、腸がねじれて血流まで遮られる腸捻転、腸の一部が隣の腸に潜り込む腸重積、術後の癒着による狭窄、腫瘍で管腔が狭くなるケースなど、背景は多岐にわたります。こうした多様性は、症状の出方や進行の速さ、治療の選び方にも直結します。同じ「お腹が痛い」「ガスが出ない」という訴えでも、原因次第で緊急手術が必要になったり、点滴と安静で落ち着いたりする病気です。
腸閉塞が短時間で悪化する理由は、腸が“閉じた袋”のように膨らむからです。入り口側からは飲食物と胃腸液が流れ込み、出口は塞がれています。腸管の壁は水分を吸い込み、さらに浮腫んで厚くなります。腸内の細菌は増え、ガスを生み、圧は上がります。圧が上がれば上がるほど血流は弱まり、腸の動きはさらに鈍くなります。悪循環が回り出すと、人が気づく前に進行してしまうことも珍しくありません。だから、腹痛と膨満、吐き気に排便・排ガスの停止が重なったら、躊躇せず受診することが大切です。腸閉塞は早く疑い、早く診断し、早く減圧するほど、体へのダメージを小さくできます。
腸閉塞・イレウス・腸捻転という言葉の関係も整理しておきましょう。腸閉塞は“通り道が妨げられた状態”の総称で、英語ではイレウスとほぼ同義で使われます。腸捻転は腸がねじれて起こる腸閉塞の一種で、血流障害を伴いやすく、特に緊急性が高い病態です
腸閉塞の種類
腸閉塞という一つの言葉の中には、原因や進み方の違いに基づくいくつもの“顔”が潜んでいます。まず大枠として、腸が物理的に詰まっているのか、腸の動きそのものが止まっているのかという視点で、前述したとおり機械的と機能的に分かれます。機械的腸閉塞は、癒着や腫瘍、捻転、ヘルニアの嵌頓、腸重積、糞石など“目に見える通り道の障害”が中心です。管の径が狭くなり、内容物が先へ進めなくなるため、閉塞の手前側では腸液やガスがたまり、腸管は膨らみ、圧が高まります。圧が高まるほど腸壁に走る細かな血管は押しつぶされ、血流は弱まり、痛みは強く、時間の経過とともに壊死のリスクが増します。これが腸閉塞の“時間勝負”たる所以です。
一方で機能的腸閉塞は、管に明らかな物理障害がなくても、腸の蠕動運動が低下あるいは停止して流れが滞るタイプです。手術直後や重い感染、電解質の乱れ、痛み止めや抗コリン薬などの薬剤、甲状腺機能の低下などが背景にあることが多く、腸が“疲れて動けない”状態をイメージすると理解しやすいでしょう。腹部所見や画像で“通行止めの地点”が見えにくいのが特徴で、全身管理を整えながら腸の動きを取り戻していく治療が中心になります。
次の切り口は、単純性か絞扼性かという分類です。単純性腸閉塞は、通り道が塞がっているだけで血流障害がない段階を指します。痛みはあっても波のある疝痛が主体で、適切な減圧と安静、点滴などで改善が期待できます。これに対し絞扼性腸閉塞は、ねじれや嵌頓により腸への血流が遮断されるため、短時間で壊死や穿孔へ進み得る緊急病態です。痛みは持続的・増悪傾向で、発熱や頻脈、吐き気に加え、顔色が悪く冷や汗がにじむなど全身の“危険信号”が出やすくなります。画像では腸壁のむくみや造影の低下、腹水の増加など虚血を示唆するサインが読み取れることがあり、この段階では保存療法での様子見は不利に働きます。
さらに“小腸閉塞か大腸閉塞か”という視点も、現場の判断に直結します。小腸閉塞は嘔吐が早く激しく出やすく、腹痛は周期的に波打つことが多いのに対し、大腸閉塞ではお腹の張りが主役で、便やガスの停止が顕著です。小腸閉塞は水分と電解質の損失が急で脱水に傾きやすく、大腸閉塞は腸内の細菌が豊富な分、穿孔すれば腹膜炎の広がりが大きくなりやすいという違いもあります。同じ腸閉塞でも“どの種類か”によって、行うべき検査、待てる時間の長さ、治療の初手、ゴール設定が変わるため、分類の理解はそのまま治療戦略の理解につながるのです。
初期症状から重症化のサイン
腸閉塞の始まりは、些細な不調として現れることがあります。朝は普通に食事ができたのに、昼頃からお腹が張ってきて、夕方にはベルト穴を一つゆるめたくなる——そんな日常的な違和感です。痛みは最初、波のように強まったり弱まったりします。腸は内容物を送り出そうと蠕動を高めますが、通れないために“押し戻される”力が生じ、これが間欠的な痛みとして自覚されるのです。小腸に高位の閉塞があると、食後すぐの嘔吐が目立ち、飲んだ水分すら戻してしまうことがあります。大腸閉塞では、便やガスが止まることが手がかりになり、トイレに行っても“空振り”が続きます。
この時点で適切な診断と減圧が行われれば、多くの腸閉塞は落ち着きます。しかし、痛みが持続的で“触らないで”と言いたくなるほど強くなり、発熱や悪寒、冷や汗、心拍数の増加、顔色不良などが加わったら、腸の血流が危ういサインです。時間が経つほど腸壁はむくみ、炎症は強まり、微細な血栓やバリア機能の破綻を通じて細菌や毒素が全身へ広がります。吐き気が落ち着いたのに腹部膨満が増す、痛みが“波”ではなく“塊”のように居座る、体を丸めても楽にならない、といった変化は、保存療法から手術治療へ舵を切るべきタイミングを示すことがあります。
腸閉塞の診断方法
診断は、丁寧な問診から始まります。腹痛の始まりの時刻、食事内容、嘔吐の有無と回数、便やガスの最終排出時刻、腹部手術の既往、持病や服薬、発熱や体重変化、これら一つひとつがパズルのピースです。診察では、腹部のふくらみや圧痛の部位、腸の動きが活発すぎるのか、むしろ静まり返っているのかを聴診で確かめ、ヘルニア門の膨隆や嵌頓がないかを見ます。血液検査では脱水の程度や電解質の乱れ、炎症反応、腎機能や乳酸値を評価し見極めます。
画像の主役はCTです。拡張した腸と虚脱した腸の“境目”を探すことで閉塞部位を特定し、原因が癒着なのか腫瘍なのか腸捻転なのかを推定します。腸壁の厚み、造影効果の低下、周囲の脂肪織の混濁、腹水の性状などは虚血の手がかりになります。放射線被曝や造影剤の腎機能への影響は配慮が必要ですが、得られる情報量は圧倒的です。エコーも、腸管内の液面や蠕動、ヘルニア内容の評価に有用で、救急の場では迅速性が武器になります。腹部X線は昔からの“入り口検査”で、複数の鏡面像やガスの分布、結腸のひだがヒントを与えますが、いまは“CTで詰みを読む”流れが一般的になりつつあります。こうした情報を重ね合わせ、腸閉塞の種類と重症度を立体的に評価することが、最短距離の治療につながります。
腸閉塞の保存的治療
単純性の腸閉塞で全身状態が安定しているなら、保存的治療が第一選択になります。最初に大切なのは、腸を休めることです。飲食を止め、点滴で必要な水分と電解質、糖やビタミンを補い、循環を安定させます。鼻から胃へ入れる管で内容物やガスを抜き、腸内圧を下げる“減圧”を行うと、痛みや吐き気は目に見えて軽くなります。小腸の癒着性閉塞では、より深くまで到達する細いチューブ(イレウス管)を用いて、溜まった液体を持続的に吸引し、自然解除を待つ方法が取られることがあります。電解質異常、とくに低カリウムは腸の動きを鈍らせるため、こまめな補正が回復を後押しします。
痛み止めは“効けば何でもよい”わけではありません。腸の動きをさらに止めてしまう薬剤選択は避け、必要最小限で、効果と副作用を見ながら使います。嘔吐が落ち着き、ガスが少しずつ通る“風向きの変化”が確認できたら、白湯や氷片から慎重に経口摂取を再開します。焦ると逆戻りしやすいので、流動→軟食→常食へ、段階を守ることが重要です。ベッド上の安静に偏らず、痛みが落ち着けばトイレ歩行や深呼吸で横隔膜を動かす“やさしい運動”を取り入れると、腸の蠕動再開にプラスに働きます。保存療法は“待ち”ではなく、“整えて促す”積極的な治療なのです。
腸閉塞で手術治療を選ぶ基準
保存的に回復を目指すべきケースと、迷わず手術に進むべきケースの境界線は、腸の血流と穿孔リスクにあります。持続的で増悪する腹痛、発熱と頻脈、腹膜刺激症状、CTでの腸壁造影不良や渦巻き状の血管所見、増える腹水や遊離ガス、上昇する乳酸値——これらがそろえば、腸がSOSを出している証拠で、時間を置くほどダメージは大きくなります。手術は原因に合わせて行われ、癒着が原因なら丁寧に剥離して通り道を回復し、壊死した腸は切除してつなぎ直します。腸捻転はねじれを解除したうえで、再発予防の固定や広範切除を検討することがあります。腫瘍による大腸閉塞では、全身状態を整えるためにステントで一時的に通過路を確保し、その後に根治手術へ進む“橋渡し”戦略が選ばれることもあります。腹腔鏡は創が小さく回復が速い利点がありますが、癒着の程度や循環動態によっては開腹が安全な場面もあります。
高齢者に多い落とし穴
高齢の方の腸閉塞は、発見が遅れがちです。痛みの訴えが小さかったり、認知機能の変化で症状の始まりが曖昧になったり、家族が“いつも通り”と受け止めてしまうこともあります。背景には、慢性的な便秘と脱水、咀嚼力の低下、筋力低下(サルコペニア)、そして多剤併用があります。特に抗コリン薬やオピオイドは腸の動きを鈍らせ、腸閉塞を招きやすい薬剤です。退院後は、こまめな水分摂取、温かく消化の良い食事、毎日の歩行と深呼吸、朝の排便ルーティン作りを重ねることが、再発予防の礎になります。介護者や家族の“第三者の目”が、体調変化の早期発見に不可欠です。
小児・新生児の腸閉塞
小児の腸閉塞は、大人とは見え方が違います。腸重積(腸管の一部が重なってしまう状態)では、泣き方が強くなったり突然静かになったりをくり返し、膝を抱え込む姿勢をとることがあります。嘔吐や血の混じった便が手がかりになり、救急での画像と整復治療が有効なことが少なくありません。新生児の胆汁性嘔吐は、腸の位置異常に伴う腸回転異常や胎便イレウスなど重篤な病態のサインで、急いで評価すべき状況です。小児は進行が速いぶん、早期の対応がダイレクトに予後に響きます。食欲の低下が続く、顔色が悪い、ぐったりしている、泣き方がいつもと違う——これらの変化は、腸閉塞を含む腹部救急の重要な合図です。
間違えやすい他疾患との見分け
腹痛の病気は数え切れないほどあります。急性虫垂炎、胆石発作、急性膵炎、胃腸炎、腸管虚血、腹部大動脈瘤の破裂など、どれも“お腹が痛い”で始まります。腸閉塞のヒントは“排便・排ガスの停止”と“膨満の強さ”ですが、部分閉塞では少量の便やガスが出ることもあるため、それだけで否定はできません。嘔吐のタイミング、痛みの波、発熱や頻脈、過去の手術歴など、複数の情報を束ねて判断する必要があります。最終的には画像が力を発揮しますが、何より大切なのは、“似ているから大丈夫だろう”と自己判断で放置しないことです。
腸閉塞のよくある質問
腸閉塞は自然に治ることがありますか?
単純性の腸閉塞では、早期の絶食・点滴・減圧で自然解除が起こることがあります。とはいえ自己判断の様子見は危険です。絞扼性や穿孔のリスクがあれば、待つほど悪化します。医療の下で“待つ”ことと、自宅で“放置する”ことはまったく別物だと理解してください。
便やガスが少し出れば腸閉塞ではないのですか?
部分閉塞では“少しは出る”ことがあります。出たかどうかだけで判断せず、痛みの性質、膨満、吐き気、発熱、手術歴などを合わせて評価する必要があります。迷ったら受診が最善です。
市販の下剤で様子を見るのは良くないですか?
原因が捻転や嵌頓の場合、下剤は腸に負担をかけて悪化させる恐れがあります。腸閉塞を疑うサインがあるときは、まず受診し、医師の指示のもとで治療方針を決めましょう。
食事はいつから再開できますか?
吐き気が落ち着き、腸の音が戻り、ガスが通り始めてから、白湯→流動→軟食→常食と段階を踏みます。“戻り”のサイン(膨満や吐き気の再燃)があれば、無理をせず一段階戻すのがコツです。
いつ救急車を呼ぶべきでしょうか?
持続的で冷や汗が出る腹痛、嘔吐が止まらない、発熱や悪寒、顔色不良や意識がもうろう、ガスも便も全く出ない。こうしたサインがあれば、ためらわず救急要請してください。腸閉塞は時間との戦いです。
高齢の家族が腸閉塞をくりかえします。家でできる見守りのコツは?
水分・食事量・便通・体温・体重を“見える化”し、毎日同じ時間に確認する習慣を作りましょう。少しの変化を早く拾うことが、再燃の未然防止につながります。薬の整理と栄養・運動の支援も重要です。
腸閉塞は、通り道の障害と腸の運動低下が生む“流れの停止”であり、放置すれば血流障害から壊死や穿孔へと進む、まさに時間との勝負です。分類を理解すれば、何が危険で、どこに手を打つべきかが見えてきます。初期のサインをつかみ、迷ったら受診し、検査と減圧で早期に流れを取り戻す——このシンプルな原則が、予後を大きく変えます。退院後は、食事・水分・運動・排便習慣という“腸にやさしい生活”を毎日のルーティンに落とし込み、再発の輪を断ち切りましょう。
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当院では、腸閉塞が不安な方にもしっかりと診察と検査を行います。場合によっては、内視鏡検査のご提案もいたします。まずは、外来へご予約のうえご来院ください。24時間web予約が可能です。